不安は「ある」から起こるというのにも似てますが(過去記事:https://hirunesitari.net/%e4%b8%8d%e5%ae%89%e3%81%af%e3%80%8c%e3%81%82%e3%82%8b%e3%80%8d%e3%81%8b%e3%82%89%e8%b5%b7%e3%81%93%e3%82%8b/)
強烈に不足を感じたりする事は、自分の世界にあるからそう思えるという事のようです・・なんか安心しますよね。
ー以下引用ー
>「意図=結果」で「最初から全てある」って何?どこに全てあるんですか?
→「どこに」はあなたの中にあります。「既にある」が分かった、と言ってる人たちは、目の前に無くても、どこにあるか分からなくても、自分の中に「ある」と確信できたものが、最適な方法、タイミングで手に入る、という事を「絶対的な感覚」で知ることが出来るという事です。
(方法やタイミングを知るんではなくて、そういう具体的な事を超えて、「いろいろ考えなくてもあるんだから大丈夫じゃん」みたいな感覚です)
その疑いようのない絶対的な感覚を体験すると、今までのように「目の前に無い」「どこにあるの?」「いつ来るの?」とか、そういう見方が、あまりに矮小な見方だったと知るので出来なくなります。
そしてあとはテレビなりなんなり、手に入る手順が勝手に整います。
あなたが観てる世界は、あなたの内的空間の投影なんですから。あなたが「ある」と確信できたものは、それはこの世界に投影されるようになってます。
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>「どこに」は。あなたの中にあります。
これ最近わかる気がします。ふと「無いから欲しい」んじゃなくて、「あるから欲しい」んじゃないかなって思うようになったんです。だって本当に「ない」ものを知ることは出来ない=欲しいとも思えないじゃないですか。
そう思ったら何かを「欲しいな~」って思うたびに、あ、私はコレが私の中にあるからなんだな~って「ない」より「ある」と感じることが多くなりました。
以前は「欲しい」と思う事に少し罪悪感を感じたりしてたのですが、今目の前に無くても私の世界にあるって事はもう貰ってるのだから罪悪感感じてもしょうがないか!なんて気軽に考えられるようになったし、○○が欲しいな~と思えることを嬉しく思います。
→すごくいい感じですね!別の領域をトータルに本質的に感じられてるんじゃないでしょうか。
引用元:自己観察式 まとめhttp://geminikanon.blog.fc2.com/blog-entry-404.html
何か欲しいものやお金、人なんかでも確かに自分の世界になかったら知る事もないと思います。何かそういう世界に近づいたという事でとりあえず自分の世界に出てきた事を喜べるといいかもしれません。不足を感じたりしている自分を客観視できると、その自分は不足を感じてる自分ではなく、投影元の自分という事ですよね。既にあるとかいまいち分からないんですけど 笑 こういう客観視する視点にいれると見えてくるものがありそうです。