ー以下引用ー
>思い出すたび嫌な気分になる人間がいます。パラレル世界があるなら、そんな人間は初めからこの世に存在しなかったことにできるんでしょうか?
→嫌なものに目を向けたままそれを「消そう」「いない世界へ行こう」としたってムリですよー。他の見たいものを見て「幸せなあなた」になったとき、パラレルが変わってるかもしれない。変わってなくてもどうでもいい記憶になってるかもしれない。それくらい重要度が低い状態じゃないと過去は変わりませんよ。
エゴは「分離」と「二極化」なので、「疑い」と「信頼」はセットです。信じようとすればするほど疑いが増すんですよ。
だから「エゴ」で見てるその見方を変える。立ち位置を変える。
どういうことかというと、「変えたい過去」「不愉快な過去」と認定していたものが、実際は中立の出来事でしかなく、たいして気にするようなことどはなかった、ということに気づきます。
そこで初めて、あなたは「今体験したいもの」を選べるようになるし、選んだものによっては必然的に過去が変わらざるを得ない状況になることもありえます。変わらないかもしれませんが、どちらにしろあなたは幸せなあなたでいるはずです。
本来、過去なんてものはあなたにとってたいした意味あるものではないはずですからどうでもいいはずです。
だからあなたが「不愉快な過去を変えたい」という前提を変えない限り、変えることは出来ません。
でも、あなたはこれを読んでも「過去を変えたい」という思いを変えようとは思わないかもしれません。もしそうだとしたら、あなたは「過去を変えたい」「記憶から消したい」といいながら、その「不愉快な過去」を手放すことがイヤなんだと思います。
「こんなに不愉快な過去」があっさり無くなったりしないように見張ってるのです。そういう矛盾にあなたはハマってるんじゃないかな。
引用元:自己観察式まとめ
過去はファンタジーとか言いますしね。自分も思い出すたびに嫌な気分になる上司がいるんですけど、こういう話を聞くとちょっとどうでもよくなります。嫌だなと思い出して自分でそういう過去がなくならないよう支えているという事ですかね。他にも思考を止めれたりすれば、そもそも全部どうでもよくなりますし。