自己観察さん読んでから、じゃあ今日頑張って自己観察するぞ、努力するぞって初めなったのですが、違うと気づきました。その場合力が入ってしまって全然観察出来ませんでした。楽になる方法のはずなのに、むしろしんどい・・自己観察しなくては‥できないってやってました。これ間違いです。
力を入れたり努力は全く逆の方向のようです。どっちかというと緊張を緩める、脱力する方向です。「観察しよう」と力を入れないで、淡々と客観的に眺めている方がいいのです。自己観察さんも以下のように言ってます。
ー以下引用ー
私は日常で「自己観察しよう」という立ち位置にはいません。ただ自然と、起きてくるエゴの感情や思考に対しては気づいていられる場所に意識があるというだけです。(「そうしよう」とすることなく自然にそういられるということです。)
引用元:http://geminikanon.blog.fc2.com/blog-entry-404.html
例えば今の自分なら、ブログを書こうとしている自分・・を淡々と観察するという事です。
また、1回出来て楽になったーって思って、もう1回あの感じになりたいとかまた力を入れるのもやってしまっていたのですが、違いました。再現しようとすることをやめることです。と書いてありました。
ー以下引用ー
再現しようとするのをやめる事です。
それはもう消え去ったものです。「今」気づくことなのに、過去に探そうとしてますよ。マインドは巧妙ですからね。見破ってください。
引用元:http://geminikanon.blog.fc2.com/blog-entry-404.html
自己観察しようとしている時は、自己観察しようとしている自分に気づくという事ですね。その立ち位置じゃないですよと。自己観察しようとしている自分を客観視するといいのかと思います。
ー以下引用ー
「別の領域を感じないと、とにかくイカン!」とかもそう。それだと不安をリリースしてるんじゃなくて、一歩も不安から離れてない。
その元々の不安や、「リリースしなきゃ」の不安、「別の領域を感じなきゃいけない」とかの思考、それらの感情や思考に気づいて、それを客観的に眺めて取り下げる、というのが自己観察。
焦ることそのものがエゴだからね。それにも気づいてれば段々「不安」も静かになってくるよ。
引用元:http://geminikanon.blog.fc2.com/blog-entry-404.html