―以下引用―

>ずっと苦しい原因がわかったのにやめられない。

→苦しい方向を見てるから止められないんだよね。

原因なんて見なくていいよ。自分がどうしたいか、と具体的に何かを思い浮かべるのがメンドクサイなら、自分は幸せになってもいいんだ!と強く自分の中心で感じてみたらどうかな。

意図が実現してから → 喜ぶ

「ある」がわかってから → 安心する

こういう図式を採用してるから、ある意味「ある」が分からないという事でもあるんですよ。何らかの根拠がないと「ある」が分からないと思ってる。だからすっ飛ばせばいいんだと思います。あるがわかろうがわからなかろうが「安心する」を選択するという事です。それが結局、「ある」をわかることにも繋がるし、意図して放っておけるマインドにもなるんですね。

じゃぁ安心するにはどうしたらいいんでしょう。

あなたが「今」に意識を合わせる事です。架空の未来を心配したり、過去だと思ってる記憶を前提に「今」を制限してみるのではなく、「今」という瞬間、「自分の思考をどこに向けるかというあなたの選択」があなたの人生を決定してるのに気づいてください。

ここで気を付けて欲しいんですが、「今」という瞬間、「自分の思考をどこに向けるかというあなたの選択」があなたの人生を決定してる、とすると、自分は迷ったり不安だったりしたから、「今」の選択をうまくできなかった、というような方向性にならないことです。

「今」というのは、本当に「今」だけしかないです。(そして「今」に気づけば気づくほど、いつも「今」を感じられます)迷ったり不安だったりというのは「今」じゃなくて「過去」です。

あなたが無意識に不安になったのなら、「今」という意識できる時間を「無意識に不安になってた」という不安に明け渡すのではなく、無意識に不安になっていようが、「今」という意識的な瞬間にはその「無意識の不安」を覆せるほどの無限の力があるという事を意識してください。

「私が何を考え、感じ、行動しようと、これを実現することを自分に許す」というのを「今」選択し続けるということです。これが安心に繋がるかと思います。

引用元:自己観察式まとめhttp://geminikanon.blog.fc2.com/blog-entry-404.html

ほんと安心してればいいって事ですよね。個人的にここ1年くらいの懸念事項があったのですが、確かに不安はあるけど、以前よりは安心していられたら、なんか3日間くらいでトントン拍子に解決して一安心でした。

また、先日休みの日に実家の不用品で大きな骨董品?の皿を処分したく、ネットで売れて嬉しかったのですが大きくて配送するのに合うサイズの段ボールがあちこち色々探してもどこにも売ってなくて疲れました。ちょっと休憩と本屋の横のカフェに売ってたコーヒーを買って飲んだら想像以上に美味しかったんですよね!一気に癒されていい気分でいたら、次寄ってみたスーパーで丁度合うサイズの段ボール発見して嬉しかったです。まぁがむしゃらに頑張るのもいいですが、案外休憩したり、安心してるとトントン拍子に上手くいくことありますねってことです。不思議な世界です。

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自己観察や元祖1式をやってみて、いつの間にか忘れてて、またやってみて…と気まぐれにゆるく続けてます。

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