ー以下引用ー

この世界はエゴの世界といえるので、苦しみや不安が存在します。エゴの世界が幻想だというのは、変わっていくもの、不確かなもの、という意味での幻想です。起きている現象を「問題だ」としているのはエゴです。なので、不安や苦しみをつかんでいるエゴから解放されて自由になれば、問題は起きなくなってきます。そのエゴを超えて、現象が起こる源である本来の自分「在る」に焦点を当て続けることで不確かな真実である喜びや愛、調和が実現されてきます。解放されるには「在る」にあることです。在るという気づきだけが時間を超えて実在するものだからです。エゴが繰り返し起きるのは苦しいかもしれませんが、そこの気づき続けることで「在る」がより確かなものになっていきます。

ところであなたも感じたように、それは別に劇的な感じでもなく、誰にでもある、前から知ってる感覚です。修行してるお坊さんとか、探してるから気づけないんじゃないかと思います。そこに在ればよかったんだ、と気づくことだったんですよね。

私たちはあまりにも普通に存在しているので、その根源的な「在る」を捕らえることが難しいのです。簡単なものほど難しい、というやつですね。でも、だからこそこの存在の源泉である「在る」という気づきを深めることが、何物にも代えがたい、これを経験したくてこの体験の世界が存在している、くらいの大きなものだともいえると思います。その「在る」にフォーカスすることで、今まで気づけなかった根源的な喜びを知ることができ、根源の無限さ、愛、そういったものが本当の自分だった、と悟ることができます。

あなたが気付いた不動の意識は、まだそんなに「確かなもの」としてみることはできないと思いますが、体感を重ねながら、実感として理解することが大切です。「在る」ことでだんだんクリアになってくれば、今まで自分だと思ってきたもの、苦しいと思っていたものはエゴの観念だったということがわかってきます。

そして「ある」に強力にフォーカスしてると、現象なんてものは結構あいまいというか、不確かなものとして、「なるほど幻想とはこういうことか」と感じるようなことも起きやすくなります。と聞くと期待するエゴもいるとは思いますが、それも「在る」にフォーカスすることで超えてください。

エゴの側から「それがあるなー」と感じるんではなくて、その不動の意識そのもので在ってください。そこがすべての創造の源です。時空を超えた根源、すべてを生み出す源泉で「在る」ことで、そこから起こる現象がうまくいきます。

今度からここで誰かに質問したくなったり愚痴を言いたくなったときに、そうする前に「在る」に意識をむけてみてください。書き込むことがいけないわけではないですけど、そうするより「在る」に意識を向けるほうが確実だと思いますよ。

あと行動についてですが、ただそこに在れば必要なことが起きてくるので、抵抗しなければいいだけです。意図と現実はひとつです。すべてはひとつ、すべてが自分という領域ですから。ただ時間の中では、意図してから実現される、という流れがあるように見えるだけです。。その流れに逆らわなければ、行動を含めてすべてが「自然に起きて」きます。

引用元ー自己観察さんまとめー

この体験の世界を楽しんでいきたいと思います。

投稿者について

自己観察や元祖1式をやってみて、いつの間にか忘れてて、またやってみて…と気まぐれにゆるく続けてます。

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